M&Aは、企業あるいは事業を対象とした売買契約の一種です。ただ、売買対象が物などと異なり、企業あるいは事業といったものですから、売買が成立するまでのプロセスが特殊なものになっています。一応企業価値のベースとしては株価がありますが、売却価格である企業価値は、株価の数倍から数十倍といった金額が上乗せされて決まるといったものです。この企業価値は、ちょっとした風評で大きく乱高下してしまうものです。
 M&Aによる売却の噂が立つと企業価値が低下してしまうおそれがありますから、通常、M&Aの手続きは極秘に行われます。そのため、M&Aプロセスの中でも特に重要な位置付けとなっているデューデリジェンス(DD)も、秘密裏に行う必要があり、そのタイミングが極めて重要になってきます。

M&Aでデューデリジェンスが実施されるタイミングは?

 一般的なM&Aプロセスは、次のような流れになっています。

①売手側企業によるM&Aを実施する戦略的意思決定
②M&Aアドバイザー、仲介者等M&A事業者との相談とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)契約締結
③「ノンネームシート」、「IM(インフォメーション・メモランダム)」といった事前開示情報の作成
④買手候補企業探し
⑤売手側・買手候補企業双方トップによる面談・交渉
⑥買手候補企業による意向表明から双方企業による基本合意契約の締結
⑦デューデリジェンスの実施
⑧最終譲渡契約締結とクロージング(決済)
⑨事業統合(PMI)

 通常、デューデリジェンスというと、上記7、つまり基本合意契約締結と、最終譲渡契約締結の間で実施されます。これを本格的な「FULLデューデリジェンス」などと呼んだりします。なぜこのタイミングでデューデリジェンスを実施するのかについては、いくつかの理由がありますが、最も大きなものは「独占交渉権」の付与です。
 M&Aを成功させるためには、「ビジネスデューデリジェンス」、「財務・税務デューデリジェンス」、「法務デューデリジェンス」を中心に、必要に応じて「人事・労務デューデリジェンス」、「情報(IT)デューデリジェンス」、「知的財産デューデリジェンス」などを加えて実施します。そしてこれらデューデリジェンスは高度な専門知識が必要ですから、弁護士、公認会計士、税理士などの外部の専門家に依頼することになります。そのためM&Aアドバイザーなどへの報酬とは別に高額な費用が発生することになります。
 M&Aでは、基本合意契約を締結するまでは、売手側企業が多くの買手候補企業から特定の買手候補企業を選べるといった優位な立場にありますが、基本合意契約の締結により買手候補企業を一社に絞り「独占交渉権」を付与することになるのです。これにより買手候補企業は高いコストを払ってもデューデリジェンスを実施し、一気に最終譲渡契約まで優位に交渉が進められるようになるのです。
 デューデリジェンスはこのほかにも、「ノンネームシート」、「IM」といった簡単な売手側企業情報の開示から基本合意契約締結までの間のタイミングで実施する「予備的デューデリジェンス」や最終譲渡契約締結からクロージング(決済)の間のタイミングで行う「事後的デューデリジェンス」といったものもあります。
 前者のデューデリジェンスは、売手側の限定的な情報をベースに買手候補企業が独自に収集した売手側企業情報と合わせ、当該企業のより明確な概要の把握と自社事業との整合性などについてあらかじめ調査し、のちの本格的デューデリジェンスに備えるものです。また、後者のデューデリジェンスは、本来最終譲渡契約までに終了すべきデューデリジェンスがクロージングまで延びてしまうような場合を想定し、売手側企業に一定の負担、義務を負わせる旨の確認事項を最終譲渡契約に盛り込むものをいいます。デューデリジェンスの本来の語源が「当然の努力義務」であることから、事後的義務の確認といった意味合いと思われます。
 以上のデューデリジェンスは買手候補企業が実施するもので、「バイヤーデューデリジェンス」などと呼ばれるものです。これに対して売手側企業でも、戦略的なM&Aの意思決定後、本格的なM&Aプロセスに入る前のタイミングで実施するデューデリジェンスもあります。「ベンダーデューデリジェンス」といわれるものです。その目的は、M&Aプロセス開始に先立ち、自社やその事業の自己点検と、希望売却価格算定のベースのために実施するものです。またこのデューデリジェンスにより思わぬ問題点が発見されることもあるため、予防的な意味もあります。

 デューデリジェンスは、M&Aプロセスの中でも特に重要なものですが、限られた時間、コスト、人員のもとで実施しなければなりません。そのため、無駄を廃止し、絶妙なタイミングで行うといったことが大切です。